コーポレート・ガバナンス専門の公認会計士を目指し、フィンテック×スタートアップの成長をブーストする常勤監査役

 ITを駆使した革新的な金融サービスを打ち出すフィンテック(finance×technology)。これまでにない新規サービスを世に生み出すスタートアップ。これらの企業に求められるコーポレート・ガバナンスや監視監督を担う監査役には、どのような視点が必要となるのでしょうか。

今回、AIを使った自動審査を導入している「クラウドファクタリング」を提供するOLTA株式会社常勤監査役で、公認会計士でもある柳氏にお話を伺いました。併せて、非上場中小企業や大規模上場会社に求められるコーポレート・ガバナンスについても伺いました。


柳 昭駒 氏

OLTA株式会社 常勤監査役

慶應義塾大学経済学部卒業。2004年に公認会計士旧2次試験合格、大学卒業後の2005年に新日本監査法人(現、EY新日本有限責任監査法人)入所。2008年公認会計士登録。上場企業の法定監査を中心に、IPO案件や内部統制構築支援業務にも携わる。2011年に株式会社ユーラスエナジーホールディングス入社。経理部に所属し、制度会計、管理会計、子会社管理、税務、M&A、予算・中期経営計画作成等を経験。2019年6月にOLTA株式会社常勤監査役に就任し、現在に至る。

その他、柳公認会計士事務所代表、日本公認会計士協会東京実務補習所運営委員(3期目)を兼務。

公認会計士以外に、司法書士(未登録)、証券アナリスト(未登録)の資格も持つ。

【主な著作等】

  • 「税務調査の指摘に納得がいかないときの国税不服審判所の活用法」(月刊「企業実務」 日本実業出版社 2018年10月号)
  • 「永続志向の非上場中小企業に求められるコーポレート・ガバナンス」((一社)ディレクトフォース 企業ガバナンス部会第15期小研究会 共著 2020年7月)
  • 「中小企業の実践的ガバナンス診断」((一社)ディレクトフォース 企業ガバナンス部会第16期小研究会 共著 2021年9月)

【インタビュー】

〇 本日はお時間を取っていただき、ありがとうございます。まず、OLTA株式会社の事業内容をご説明いただけますか?

柳:弊社では、「最短即日で資金調達できるオンライン完結型のファクタリングサービス」である「OLTAクラウドファクタリング」を提供しております。

これまでも、ファクタリング(売掛債権の譲渡)という仕組み自体は存在していたのですが、審査において経営者との対面による面談が必要であったり、買取手数料が高額であったり、申込者の窮状に付け込んだ闇金まがいの業者があったりと、非効率な経営がなされていました。弊社では、このファクタリングにITやAIを用い、24時間(1営業日)以内の審査、回答、対面不要、買取手数料を利用しやすい水準まで下げる、といった改良を加え、中小企業や個人事業主の方が利用しやすいオンラインファクタリングを提供しております。

〇 OLTA株式会社はフィンテックのスタートアップ企業ですが、監査役就任に当たり、フィンテックやスタートアップであることを重視されていたのでしょうか?

柳:いえ、特にフィンテックやスタートアップに拘りはありませんでした。しかしながら、経営者の話を聞いてファクタリングによる社会課題の解決に可能性を感じたとともに、会社の重視する価値観(バリュー)が自分の性格に合っていて、大きく共感したというのが大きかったと思います。私が公認会計士になったきっかけは中小企業を支援したいというものだったのですが、それと同じ志向を会社がもっていたというのもポイントでした。

また、当時の弊社は正社員10人を超えるくらいの規模で今と同様の活気はありましたが、何となくの雰囲気で「いろいろと問題がありそうだな」というのを感じていました。監査役監査をする上では法律的な知見と会計的な知見が非常に重要になりますが、公認会計士及び未登録ですが司法書士の資格を持っていた自分にとっては天職であると感じ、思う存分活躍できると思ったのを覚えています(笑)。

〇 会計的な知見は想像できるのですが、常勤監査役業務で役に立つ法務的知見にはどのようなものがありましたか?

柳:まずは、社内及び社外の法務メンバーと法律の話ができるという強みがあります。

弊社の監査役会は3人で構成されており、常勤の私以外は公認会計士の非常勤監査役、弁護士の非常勤監査役になります。常勤+会計士+弁護士という監査役会の構成パターンは多いのですが、監査役会において、会計士・弁護士がそれぞれ専門的な話をして他の二人はそれを聞いているだけ、という運営が実態としてよくあるという話を聞きます。しかし、弊社においては私が通訳的な対応を行い、弁護士と法律の話をしてそれを会計士へ分かりやすく伝えたり、会計士と会計の話をしてそれを弁護士にわかりやすく伝えたり、という役割を担っているので、「それだったらこういう点に問題は無いか」という意見が出やすくなり、監査役会の活性化につながっていると感じています。

社内で言うと、弁護士資格を持つ従業員(インハウスロイヤー)がいるのですが、その方とのコミュニケーションもスムーズです。法律に関する基礎理解ができているので、私の疑問に対して具体的な法律条文や判例を教えてもらうことで解決することもよくあります。また、会社間トラブルに発展しそうな案件について、第三者的立場からこういう点は検討済みか、相手がこう主張してきたらこちらにとって痛いのでは、と言った壁打ちができるのも強みと言えます。

〇 柳さんのような方が常勤監査役にいらっしゃると、大変助かると感じます。では、フィンテックやスタートアップ企業が新しく監査役を迎え入れるに当たっては、どのような観点を重視して新しい監査役を探せばよいとお考えでしょうか?

柳:会社の成長を止めない人だと思います。これはフィンテック・スタートアップに限らず、ベンチャーや上場準備会社にも言えます。

〇 会社の成長を止めないとは、どういう意味でしょうか?

柳:監査役はどうしてもブレーキ役という側面が強く事実そうなのですが、スタートアップにおいてはまずは収益化、利益計上が至上命題になります。法律違反は論外ですが、会社は利益を生み出せないと生存できませんので、利益を無視して過度に内部統制やガバナンスを強化する指摘をしたり、以前在籍していた大企業を引き合いに「○○が出来ていない」と杓子定規に指摘をしたりしてしまうと、会社の成長機会やスピードを削ぐことになり、会社の成長を止めてしまうことになります。

従い、監査役を選ぶ会社側の視点としては、この人は会社の成長を止めてしまわないか、自身の経験からだけではなく会社自身をしっかりと見た上で指摘をしてくれるか、ということを吟味することが必要です。

〇 柳さんはコーポレート・ガバナンス専門の公認会計士というお話でしたが、ちょっと意外な答えですね(笑)。会社の成長を止めないというのは理解しましたが、他にも会社が監査役を探す際のポイントはありますでしょうか?

柳:はい。それは、自社が求める監査役像が鮮明であることです。

別角度から言うと、「上場審査に当たって監査役が必要だから」や、「ベンチャーキャピタルや投資家に言われたから」という受け身な理由で人選したときに、本当に会社にとってふさわしい監査役が選べるのか、という事です。

多くのスタートアップ・ベンチャー企業は、「うちの会社はこういう会社であり、こういう人材を雇いたい!」ということを明確にしており、カルチャーデックとして公開している会社も多くあります。それをよく見てみると、この世に全く同じ会社が存在しないのと同様に、会社の唯一無二な特色が出ています。これを監査役選定においてもやっていますか、ということですね。

〇 監査役は業務執行に携わらないので、とりあえず頭数をそろえよう、おとなしい人を入れよう、という人選をしている会社はあるかもしれませんね。ちなみに、OLTA株式会社の監査役においても、求められる監査役像のようなものは設定されているのでしょうか?

柳:はい、設定しています。具体的な内容は文字通り企業秘密になりますが(笑)。

言える範囲で申しますと、会社にはビジョン、ミッション、バリューがあり、これらを尊重し、これらに沿った行動ができる人が弊社の監査役としてふさわしい、というような内容を織り込んでいます。

将来監査役を選任することになった場合、この方針に沿って関与する人物が選定を行うことになると思います。そのため、方針設定に関与した私であっても、弊社のバリューを発揮できなくなった場合は潔く身を引かなければなりません。

〇 自分で決めたルールで自分自身が追い出されるかもしれない、というのは自身にも他者に対しても厳しい姿勢が感じられますね。では、求められる監査役像を設定しない弊害やデメリットにはどのようなものがあるとお考えでしょうか?

柳:過去に聞いた話を交えてお話しします。

研修等で出会った他社監査役と情報交換することがあるのですが、弊社が理想の監査役像を決めて人選を行っているということを説明すると、大抵は驚かれます。ある監査役に、では貴社ではどうやって監査役が決まっているのですかと話を振ってみると、社長が知人を連れて来てそのまま監査役に就任し、監査役内の議論は無く決まると話されていました。しかし、もし仮にその人が問題ある人物だったらと考えると怖い話になります。具体的には、権限濫用とお飾りのリスクです。

監査役は、業務報告権、監査費用の請求権等かなり強力な権限を与えられています。濫用すれすれでも、例えば、真夜中に取締役にしつこく電話をかけて業務内容を確認する、運転手付きの社用車利用を求める等の要求をしてきても、会社法上は無下には断れないので、別途対応が必要になってしまいます。一方で、社長の知人で商売上緊密な関係にある監査役は、社長との関係性を重視して会社のために直言できないという潜在的な利益相反があります。昨今もいくつか会計不正の報告書が公表されていますが、監査役がお飾り状態であることによって歯止めが利かなくなり、経営陣が暴走した結果不正が起こっているケースが多いです。

つまり、求められる監査役像が無いといると困る監査役やいても意味が無い監査役を選んでしまうリスクがありますので、これは大いにデメリットではないかと思います。

〇 確かに、監査役の権限は強いのでその強さに見合った人物である必要がありますし、一方で社長に意見できない人物では長期的には会社の成長においてはマイナスですね。ところで、フィンテックという観点で監査役に求められるものは何であるとお考えでしょうか?

柳:フィンテックは金融+ITの領域になるため、その守備範囲はかなり広くなります。そのためフィンテックだったらこう、ということを一般化して言うことは難しいのですが、フィンテックにはある共通点があります。それは、既存金融では難しかった社会課題をITを組み合わせることで解決するのがフィンテックです、という存在意義の部分です。監査役に金融やITの知見があるということはもちろんプラスには働きますが、この存在意義を別角度から見ると、既存金融が解決できなかった、無理だったことにチャレンジするのがフィンテックですので、こうすれば成功するという型が現時点で存在していない、という面があります。従い、これを理解していることが監査役に求められるのではないかと思います。

〇 成功する型が現時点で存在していないという事を理解する、というのは具体的にはどういうことでしょうか?

柳:まず、成功する型が存在していないということは、誰も答えを知らないわけですから、当然社長も答えを知りません。弊社でも感じますが、社長はすべてをわかった上で最短距離にレールを敷いて経営しているわけではなく、日々試行錯誤し、模索し、不安を感じながら経営しています。そのため、「この事業の将来の見通しはどうですか」と聞いても「判らない」というのが本音だと思います。にもかかわらず、「将来見通しもわからないのに経営しているのは問題だ」とか、「そんないい加減な経営では社長失格だ」とか詰め寄ってしまうと、良い監査役とは言えないと思います。また、アドバイスを超えて「こうやるべきだ、自分はこれで成功した。」とか、「それはやるべきではない。そんなやり方は今まで聞いたことがない。絶対に失敗する。」とか主張するのも禁句です。

お話ししたとおり、フィンテックは成功する型が現時点で無く、ゆえにフィンテックなのですが、監査役自身が自分の経験で何とかなる、自分は答えを知っている、自分が経験していない知らないことはダメだ、という思い込みが激しく高慢な態度を取ってしまうと、フィンテックの監査役としてはうまくいかないと思います。社長は正解を知らないし判らない、監査役自身も正解を知らないし判らないということを前提に、ではどうしていくのがベターかを議論できる、データを冷静に見て進捗をチェックしてフィードバックできる監査役が求められるのではないかと思います。

〇 ありがとうございます。まとめますと、フィンテック・スタートアップの監査役には、ブレーキとなる監査だけでなく会社の成長を後押しする姿勢、謙虚な姿勢、経営者の良き相談相手となれる社外取締役のような側面も求められるのですね。そして、「うちの会社はこんなスタンスを持った監査役を求めている」という会社独自の欲しい監査役像を設定することも必要、ということになりますでしょうか?

柳:はい、仰るとおりです。大規模上場会社は別として、非上場会社やこれから成長していく比較的小規模の上場会社でも同じことが言えると思います。

〇 よく理解できました。柳さんはOLTA株式会社の常勤監査役に就任されて3年目と伺っていますが、OLTA株式会社の監査役として、特に力を入れて取り組んでいる事項があれば教えていただけますでしょうか?

柳:力を入れていることで言うと、「話を聴く」という事に尽きるかと思います。

私が監査法人時代に上司から教えていただいた話を紹介したいのですが、監査は英語でauditと言い、語源はaudi-になります。この語源を持つ単語としては、例えばaudience(聴衆)、audio(音声)、auditorium(観客席・聴衆席)などがあり、意味としては「聴く」を意味します。なので、監査をするにはまずは人の話を聴くことが大事であり、書類に目を通すだけ、仕訳や帳簿を見るだけ、会計基準や法律を読むだけでは良い監査が出来ないと指導を受けました。

監査役監査も監査役によるauditですので、私も人の話を聴くことを心がけていますね。例えば、新規入社者面談や退職者面談を取り入れています。それぞれ、弊社に入社して3カ月前後経った従業員から話を聴く、会社に退職の意思を伝えて近いうちに退職する人から話を聴く、というものです。

〇 なかなか興味深い取り組みですね。新規入社者面談においては、何の目的でどのような話を伺っていらっしゃるのでしょうか?

柳:新規入社者面談は私だけでなく内部監査部門のメンバーも同席してやっているのですが、目的としては、新規入社者と監査メンバーとの相互理解を中心に現時点で感じる弊社の長所・課題などを伺っています。入社してしばらく経ち会社のこともわかってきた頃である一方、前職での文化も記憶にありますので、ある程度客観的に弊社を見ることができる状態にあると考えています。新規入社者の方が挙げられる課題には、私も感じていたものがあればそうでないものもあり、監査をする上での新鮮な視点や気づきをいただけています。

〇 では、退職者面談での目的と話の内容を教えていただけますでしょうか?

柳:まず、退職者面談はセンシティブな話が出る可能性がありますので、内部監査部門は参加せず、私と退職者と一対一でやっています。また、話すことで苦しくなることもあるかもしれないと配慮し、面談への参加は任意で、やりたくなければその意思を尊重するということにしています。それでも、これまで比較的高い割合の方が面談に参加いただいているのでとてもありがたいことと感じていますが、お伺いする内容は退職の経緯がメインになります。

退職者は色々な事情があって退職を決断されると思いますが、もしその事情の一部に弊社で改善できることがあった場合や、自分が動くことでどうにかできた可能性があった場合であれば、その点は大いに反省して次に生かそう、という心構えでお話を聴いています。退職者は弊社を去る方ですから、「立つ鳥跡を濁さず」で厳しいことや本音を言わないことも想定していますが、可能な限り丁寧に話を聴いて引き出そうという姿勢で臨んでいます。上手くできているかどうかは分かりませんが、新規入社者面談とともに私がいる限りは継続したいと思っています。また、適法性監査が監査役監査の主目的ですので、この視点も忘れていません。

〇 特に退職者ともなると、なかなか本音は話してくれないかもしれませんね。一方、新規入社者面談では、内部監査部門とも適宜に連携されていて、良い関係を構築されているように感じます。では、ここからはコーポレート・ガバナンスについてご意見を伺いたいと思います。柳さんはコーポレート・ガバナンス専門の会計士ということですが、コーポレート・ガバナンスに注力されるきっかけは何だったのでしょうか?

柳:数年前になりますが、一般社団法人ディレクトフォースという団体に加入し、同団体の企業ガバナンス部会の小研究会に入ったことがきっかけになります。当時から私はOLTA株式会社の常勤監査役で上場準備会社の現場を見ていましたが、コーポレート・ガバナンスとは一体何なのであろうかということを常々考えていました。そのような時に同団体の研究会で、「非上場中小企業におけるコーポレート・ガバナンスの在り方」をテーマに共同研究する機会を得まして、研究を通じ、論文を書く上で色々と学んだというのが大きかったと思います。

〇 難しいテーマと感じますが、新しい学びにはどのようなものがありましたでしょうか?

柳:研究は、上場企業には東証のコーポレートガバナンス・コードがあるが非上場中小企業には相当するものがない、では非上場中小企業は無法地帯なのかというと実際そうではなさそうだ、ならば非上場中小企業にはコーポレートガバナンス・コードに匹敵するようなガバナンスの仕組みがあるのではないか、というところからスタートしています。そこで、成功している非上場中小企業の一例として100年以上続いている長寿企業を取材することになりましたが、その過程で多くの気づきがありました。実は、長寿企業には昔からすでにコーポレート・ガバナンスが存在していたことが分かったんですね。具体的には家訓によるガバナンスです。

コーポレート・ガバナンスの原型は1960年代のアメリカであると言われていますが、その100年以上前の日本に既に存在していた、というのは興味深かったです。家訓によるガバナンス例を一つ挙げますと、近江商人の「三方良し」です。これは、商売において売り手と買い手が満足するのは当然のことで社会に貢献できてこそよい商売だ、という思想ですが、売り手良し、買い手良し、世間良し、という三方すべて良いものが理想であるという考え方です。昨今、CSR(企業の社会的責任)が重視されていますが、三方良しの考え方はまさにCSRですし、コーポレートガバナンス・コードにおける「株主以外のステークホルダーとの適切な協働」にも反映されている思想です。

家訓には他にもSDGsの考え方を取り入れているものもあり、これらをお上に強制されることなく自主的にやっていた昔の日本商人は素晴らしかったように思います。

〇 確かに、創業が古い中小企業には、企業独自の家訓によるガバナンスが残っていますね。では、現代の非上場中小企業、上場準備会社や、スタートアップ・ベンチャー等に求められるコーポレート・ガバナンスとは、どのようなものとお考えでしょうか?

柳:これは私見ですが、上場・非上場に限らず、コーポレート・ガバナンスの目的は3つあると考えています。①持続的な成長、②企業価値向上、③企業の存続(ゴーイング・コンサーン)です。①と②は東証のコーポレートガバナンス・コードにも記載されていますが、③の要素もあるのではないかというのが自説です。

理由としては、演繹的アプローチで考えると、家訓によるガバナンスを行ってきた長寿企業は存続することを第一として家訓を制定してきたことが明白である、株式会社は大規模会社を前提としておりひとたび倒産すると社会的損失になるため社会として倒産を回避する必要がある等が理由になります。帰納的アプローチで考えると、コーポレートガバナンス・コードにおける目的の①持続的な成長には、当然に③企業の存続が前提としてある(存続なくして成長は無いため、成長を求める上では存続も当然に求められている)、同コードの「取締役会の責務」において取締役の多様性が求められているがこれは同一属性の取締役のみでは変化の激しい世の中の動きについていけず存続できないという考え方に立脚している等になります。

つまり、コーポレート・ガバナンスは企業の存続を図る目的が第一としてあり、これを土台として持続的な成長と企業価値向上が存在すると考えています。

〇 非上場中小企業等におけるコーポレート・ガバナンスにおいては、企業の存続という視点が重要であるというご意見なのですね。では、具体的にどのようにガバナンスを敷いていけばよいのでしょうか?

柳:ごく一部の大企業を除くと、多くの中小企業は倒産の危機に常にさらされているといえます。コーポレート・ガバナンスの目的は企業の存続である、というのが私見ですので、「会社を存続させるにはどうすれば良いか」ということを考えて、それに沿った内部統制や仕組みを導入していけばいいと考えます。

中小企業の経営者の中には、コーポレート・ガバナンスを自らの手足を縛るものとして否定的に捉えたり、うちの会社にはコーポレート・ガバナンスなんて必要ない、と断言する人がいたりします。しかし、実際にコーポレート・ガバナンスは社長の手足を縛るものではなく会社の存続を促し倒産から守るものですので、私は次のような視点でお話をしています。

「仮に今、社長が事故や病気になって3か月面会謝絶になったとします。当然仕事も出来ませんし従業員に連絡・指示も出来ませんが、3か月後に会社が残っていると思いますか?」

会社の規模にもよりますが、社長が3か月いなくて存続できるなら、ある程度のコーポレート・ガバナンスが入っているので大丈夫です。存続できないなら存続できない理由があるはずですし、これは改善したいと社長なら思うでしょう。

例えば、原材料の買い付けが社長しかできない、営業で社長が顔を出さないと信用してくれず取引してくれない、銀行への将来計画の説明が社長しかできない等が考えられますが、多くの場合「社長しかできない(やってない)仕事が多い」というところがネックになると思います。存続の障害になる要因を特定し、一つずつ解消していくことがガバナンス構築の第一歩で、まずは権限移譲から始めるのが良いです。

〇 上場準備会社やスタートアップ・ベンチャー等の中小企業においては、まずは権限移譲がコーポレート・ガバナンスのスタートになるのですね。

柳:はい、そのとおりです。

もちろん、権限移譲だけで利益が出るとは思いませんが、社長から業務をはがし、会社の成長に集中できるような環境を整えることが重要です。

〇 ありがとうございました。では、今後プライム市場に移行するような大規模上場会社におけるコーポレート・ガバナンスの在り方については、どのようにお考えでしょうか?

柳:前提の話になりますが、まず、上場企業は社会の公器と言える存在だと思います。公器とは公(おおやけ)のものという意味です。もちろん、上場企業といえども株主が直接的な所有者であるのは疑いがありませんが、大規模上場会社は社会的影響力が大きく広範にわたるため、多数のステークホルダーがいます。つまり、大規模上場会社になれば株主だけを見ていれば良いわけではなく、潜在投資家・取引先・従業員・所在地域住民・行政等のステークホルダーの中で生かされている存在であり、それ相応の適切な対応が必要になることを意識する必要があります。これは、CSRの基本的な考え方やコーポレートガバナンス・コードの「株主以外のステークホルダーとの適切な協働」等に反映されている思想ですし、上場企業は英語でpublic companyとも呼ぶことからもわかります。

そして、社会の公器である大規模上場会社においても、コーポレート・ガバナンスの目的における③企業の存続の観点から考えるのが分かりやすくて良いと思います。非上場中小企業では、万一社長に事故があったときに3か月存続できるか、というお話をしましたが、大規模上場会社であればかなり長期になります。イメージとしては、100年後、200年後に存続しているような会社にするにはどうすれば良いかという視点が必要になると考えています。

〇 100年後、200年後というと、かなり長いスパンですね。

柳:はい、100年後になりますと今いる役員や社員は一人たりとも会社に残っていません。直接、未来の役員や社員に指示することはできませんので、今いる自分たちがいなくても会社が持続的に成長し、企業価値向上が維持できるような、その会社としての根本思想をコーポレート・ガバナンスに取り入れ、未来の役員や社員と共有することが重要です。また、大規模上場会社におけるコーポレート・ガバナンスにおいては、「コーポレート・ガバナンスの考え方は簡単である。しかし、構築するのは難しい。」という事情を理解しておく必要があると思います。

〇 コーポレート・ガバナンスの考え方は簡単だが、一方で構築は難しい、というのは具体的にどういう意味でしょうか?

柳:コーポレート・ガバナンスの考え方については、先ほども申しましたとおり企業の存続を目的として考えればよいと思います。これは、非上場中小企業と同じですが、その期間が100年単位になるという事を説明しました。100年存続する会社にするにはどうするかという視点と、100年後も存続している会社であるならば現在どうなっている必要があるか、という視点で考えることになります。

では、唯一無二の大規模上場会社が今後100年存続するにはどのようなガバナンスを構築すれば良いか。それには、唯一無二の、世界でその企業だけに適合できる、オリジナルの根本思想を取り入れたコーポレート・ガバナンスを構築するしかありません。決して、どこかの企業のガバナンスをそっくりそのまま窃用するような方法を採ってはいけません。そして、その唯一無二の根本思想は経営理念やビジョン、ミッション、バリューに反映されています。つまり、100年後に生き残るためのオリジナルのコーポレート・ガバナンスを構築するには、自社がなぜ世の中に存在しているのか、経営理念等がどういう意味を持っているのかについて、思い込みを排除して丁寧に向き合ってみる、あるべきはどういう姿で現実はそれと乖離していないかと疑ってみるという事が必要になります。しかし、その会社の文化にどっぷりと浸かっている社員や役員が考えると、これは非常に難しい。なぜなら、当たり前すぎて疑うこと自体が非常に困難であるからです。

〇 つまり、コーポレート・ガバナンスは企業を存続させることが目的であり、それは大規模上場会社であっても変わらない。100年以上存続できる会社にするという観点から会社のあるべき体制を改めて考え、時には現状を疑ってみる必要がある。しかし、当たり前すぎて現状を疑うことは困難である、ということでしょうか?

何か、当たり前を疑うことが困難な具体例はありますでしょうか?

柳:例えば、大規模上場会社の社長人事を考えてみるとイメージ付きやすいかと思います。

社会の公器である大規模上場会社として求められるのは経営の透明性であり、財務情報・非財務情報の積極的な開示やガラス張りの経営が求められます。また、会社は社長個人の理念・思想によっていかようにでも変わっていきます。すなわち、経営の透明性が求められる大規模上場会社においては、その将来の行方を左右する社長人事も当然に透明性が求められてしかるべき、ということになります。しかしながら、実際の社長人事はどのように決まっていますでしょうか?

日本経済新聞の「私の履歴書」等で元社長の回顧録があります。これを見ると、日本を代表する大企業であっても、現社長が子飼いの取締役を社長室に呼び、「次の社長は君に任せる」という人事で次期社長が決まっているのが実態だ(実態だった)と思われます。もちろん、会社法上では取締役会で各取締役が投票して代表取締役社長を選ぶということになりますが、実質的に現社長の部下である取締役が多く名を連ねている取締役会において、現社長の提案に反対する人はいません。昨今は指名委員会を置いて人選を行っている会社もありますが、指名委員会等設置会社でなければ任意機関ですし、実質的には社長の諮問機関に過ぎないことが多いので、あまり機能しません。社外取締役が反対しても、多数決で押し切られます。

これが現実ですし、多くの企業人にとっては当然のことだと思うかもしれません。中には、これがうちの社風であると感じる人もいるかもしれません。しかしながら、この人事は明らかにおかしいと思います。なぜなら、経営の透明性が求められる大規模上場会社のトップ人事を、密室で、かつ現社長の鶴の一声で実質的に決めているわけですから、れっきとした社会の公器の私物化です。もし、次期社長が社長としてふさわしくない素質を持っていたらこの会社はどうなるでしょうか?社長個人も人間ですし万能ではありませんから、人選を見誤る可能性はあるでしょう。100年後もこのような人事を繰り返していて、果たして会社が存続していると思えるでしょうか?「うちの会社の社長にふさわしい人物はこういう人です」という選定基準が無い企業がかつては多かったですが、明文化された選定基準も無いのに果たして適切な人物を選べるのでしょうか?

大規模上場会社の場合、こういう疑問を持つところからコーポレート・ガバナンスの検討はスタートしていくのだと思います。

〇 社長人事を例にするとよくわかりました。では、逆にこれらの当たり前に疑問を抱き、指摘できる人はいるのでしょうか?

柳:はい、社内に確実にいます。

例えば、会社の存在意義を改めて考えるという観点では、ベテラン社員より新入社員の方が自社のことをよく見えているのではないかと思います。彼ら・彼女らは入社前には企業研究を行い、自己分析を行い、数多ある企業の中からこの会社が望ましいと考えて面接を受けて採用された方々ですので、その会社の良さをゼロベースで理解しているのではないかと思います。ビジネス的な素養はまだ無いかもしれませんが、社風に染まっていない良い面もありますので、コーポレート・ガバナンスの基礎となる自社の存在意義については的確な意見を持っていると思います。同じ観点で言うと、中途入社者もこの素質を持っていると思います。

また、新入社員や中途入社者以外にも企業の中にいる人でこの視点を持っている方々がいます。それは社外取締役や社外監査役で、彼らはビジネスの視点や専門知識を持ちながら、経営を、引いては会社組織を見ていますので、その会社の存在意義や強みを高次元で理解している可能性は高いと思います。私も上場企業の社外役員を引き受ける際は、会社の中で当たり前とされていることに特に注意を払っています。

〇 そうすると、大規模上場会社のコーポレート・ガバナンスを考えるにおいては、社外役員や新入社員・中途入社者の意見を参考にするのが良い、ということでしょうか?

柳:はい、そう考えています。しかし、あくまで参考までです。

例えば社外役員に対して「うちの会社のコーポレート・ガバナンスの在り方を考えてください」と丸投げしたり、「あなたが所属している会社のコーポレート・ガバナンスをそっくりそのまま適用したいのですが」と借用をお願いしたりするのは不適切です。なぜなら、これまで再三にわたり申し上げてきましたが、他人が考えた借り物のガバナンスでは唯一無二のものにならず、結果自社にとって無意味・無価値なガバナンスとなってしまうからです。また、やはりその会社のコーポレート・ガバナンスや存在意義を考えるのは、その会社の人である必要があります。他人が考えたものに従うというのはある意味で屈辱だと思いますし、それを押し付けられたとしても従う気は無いでしょう。一番その会社のことを理解しているのは会社内の人間ですから、会社内の人間自らが考える必要があります。

まとめますと、会社の存在意義について気づきのきっかけとなる事項を新入社員・中途入社者や社外役員等から聴取し、その気づきを社内の人間で深掘りし、この思想を共有できれば100年先200年先の未来でも会社が存続できる、と思えるような唯一無二の思想を仕組み化すること、これが大規模上場会社に求められるコーポレート・ガバナンスだと考えています。

そして、唯一無二の思想さえ出来れば、そこからのコーポレート・ガバナンス構築は容易です。例えばですが、会社の思想の一つに「うちの会社の存在意義は、情報を信用に変えて新しい価値を創出することです」という思想があったとします。ここから派生させ、情報を軽視したり個人情報保護に無頓着だったりする人は採用しない、信用を世間にアピールするにはだれから見ても客観的な数値や論理性が有用なので構成員には論理的な話ができる人を求める、価値創出はチャレンジでもあるので失敗を怖がる人は採用しない、という考えが出てきます。コーポレート・ガバナンスへの具体的な落とし込みとしては、役員や従業員の人選基準や人事考課においてチャレンジ精神を明記する、情報の管理においてはダブルチェックに止まらず、他社でもやらないようなトリプルチェックや事後検出を可能にする厳重な内部統制を構築する、信用を提供する会社は世間から信用されるのが大前提であるため法令違反の有無については個別の部署を設けて対応する、社内議論においては数字を重視して当事者の勘や・第六感的なものを可能な限り排除する、又は当事者は勘や第六感を可能な限り論理的かつ客観的に説明する、という仕組みが湧いて出てくると思います。

最後の例は、実は弊社の事例であって手前味噌ではありますが(笑)。ただ、根本思想さえあればそれから派生する仕組みがいくらでも出てきますので、コーポレート・ガバナンスの要諦は自社の存在意義を追究することにあるのは明白です。

〇 生みの苦しみを伴うコーポレート・ガバナンスの構築段階を経て、企業独自の思想が明文化され、それが具体的な行動基準へとダイナミックにつながっていく過程が想像できますし、大規模上場会社になるとそれも高度になっていくのですね。本日はありがとうございました。

以上

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