監査役と監査役会事務局の経験を
生かした監査機能向上に向けた取組み

ビジネスのグローバル化や多角化に加えて、近時の経営環境の劇的な変化もあり、企業が直面するリスクは複雑化・高度化しています。

このような状況下、監査機能の実効性を担保することが一層重要になります。監査機能の実効性を評価、改善につなげる施策として、監査役会等の実効性評価が普及しつつあります。

今回、監査役会実効性評価に先進的に取り組んできたアサヒグループ ホールディングス株式会社 監査役会付顧問の池田氏に背景を伺いました。

また、監査役と監査役会事務局、双方を経験した立場から、監査機能向上に向けた取組みに関するお考えを伺いました。

話し手 池田 智  氏 

アサヒグループ ホールディングス株式会社 監査役会付 顧問
カルピス株式会社に入社後、営業、米国ロサンゼルス駐在を経て、同社監査役を歴任。
その後、アサヒグループホールディングス株式会社の監査役会付 顧問に就任、現在に至る。

   

◆ 貴社の監査役会実効性評価は先進事例として注目されています。池田さんは初年度から事務局として実施を支えてこられました。その実施に至った背景・経緯等を教えてください。

池田:元々、2015年から取締役会は実効性評価を行ってきました。2018年のコーポレートガバナンス・コードの改訂に伴い、同年、当社のコーポレートガバナンス ガイドラインも改訂されました。その改訂内容として監査役会の実効性評価を実施し、評価結果概要について外部に開示することが盛込まれました。 元々、当社の経営トップの高い意識もあり、「コーポレートガバナンスのベストプラクティスを目指す」という機運が社内にあったことも大きな要因でした。

ちょうど、その頃は大手企業の重大不祥事が次々発生した時期でもあり、企業価値向上および毀損抑止に貢献し、コーポレートガバナンスの一翼を担う監査役および監査役会に対して、投資家はじめステークホルダーから期待の高まりを受けての試みでした。

とはいえ、監査役会実効性評価として、何をどのように実施するか見当もつかず、悩む時間もありました。 まず、他社事例を探してみたものの、そもそも実施事例も僅かで、開示しているケースは更に少ない状況でした。当時は、多少の不安もありましたが、監査役会も事務局も、総じて前向きに捉えていました。

  

◆ 監査役会実効性評価の取組みは、とりわけ同様の機関設計を採る会社に注目されています。

池田:監査役会設置会社を採用している意義を伝えなければならない使命があるからだと思います。実効性評価は意義を対外的に伝える良いツールですから。

注目される背景として、ここ数年、監査役会設置会社という機関設計に対しては、日本独自の制度であり、海外の機関投資家等からは分かりにくい、という声が上がっているという状況があります。

そもそも、監査機関が何であるかは本質論ではありません。どの機関設計であれ、監査機能の実効性を高めていくべきという点は共通項です。 当社の場合、監査役会設置会社という機関設計について、明確な意義と合理性を感じています。

         

◆ 監査役会実効性評価の概要を教えてください。

池田:対象期間は各年度、評価対象としては監査活動全般になります。評価方法について、主に各監査役に対するアンケートに加え、社外監査役、内部監査部門、子会社監査役はじめ関係者に対する個別インタビューで構成されています。複数回これまで実施した中で、監査役会内で年次の取組みとして、かなり浸透しました。

なお、評価結果の集計・分析にあたって、第三者として外部アドバイザーによるレビューを受け、評価結果の妥当性、客観性を担保することにしています。

   

◆ 監査役会の実効性評価を始める際のプロセスについて教えてください。

池田:まず、当社の監査役会の「あるべき姿」を定めました。企業価値の最大化について、一義的には取締役会が担います。監査役会としては、企業価値の最大化に貢献し、その棄損抑止を支えることが使命になります。当社のコーポレートガバナンス・ガイドラインでも、監査役は取締役と共に当社の持続的な成長と中長期的な企業価値向上に貢献するという受託者責任を負っている、と明記されています。

この監査役制度の趣旨や当社の監査環境や社会・時代の要請も顧みつつ、監査役会はどうあるべきなのか、これを自問自答してまとめました。

あるべき姿をまとめたうえで、実効的な監査役会に求められる要素を「人材、組織、構造」、「議論、取組み」、「仕組み、手続き」という3つの視点に分け、それぞれ、求められる要素内容を整理しました。 抽象度が高い内容ではありますが、監査役会がとるべき方向性を示す羅針盤のようなものといえます。

図. 監査役会実効性の視点(全体像)

出所:アサヒグループ ホールディングス株式会社 2019 年度
「当社監査役会 の実効性評価の分析・評価」結果の概要について”

◆ アンケートや個別インタビューの評価項目は、どのように設計しましたか。

池田:具体的な評価項目については、当社監査役会としての優先すべき事項を定めたうえで、事務局が素案を策定、それをベースに監査役会の議論を通じて設問化していきました。この際にも、客観性や知見を担保するため、外部アドバイザーを活用しています。

なお、評価項目や内容について基礎部分は初年度から変えていません。毎年の違いとしては、各年度に設定される監査役会の重点検討課題について、その取組み状況や課題等については深く問う内容にしています。 アンケート項目で事前に評価概要を整理したうえで、個別インタビューをもって、さらに具体化していくというプロセスを採っています。そのため、インタビュー内容はアンケート結果をある程度踏まえたうえで、設計しています。

評価項目(2019 年度の評価)

  • 監査役会の構成と運営
  • 取締役・取締役会対応
  • 重要な法令違反、不適切な会計処理等の 不祥事対応
  • リスクマネジメント
  • 内部統制の整備運用状況
  • 倫理・コンプライアンス遵守
  • グループ会社に対する監査役監査体制
  • 三様監査
  • 社内外のステークホルダーによる理解・評価

   

◆ 監査役会実効性評価は、監査役会が担う業務全体として、どのような位置づけになりますか。

池田:監査役会の業務は、1年をサイクルとした監査役監査が主たる内容となります。そのPDCAサイクルにあてはめると、監査役会実効性評価はそのC(チェック)に該当する形になります。

このように捉えると、監査役会実効性評価は、監査役が実効的に機能し、継続的な実効性の向上を図るうえで、当然に求められるステップです。また、従前の監査役会の業務と当然に馴染む内容なのです。

継続的な実効性向上を支えるPDCAサイクル

Plan:監査計画
Do:監査活動
Check:監査役会実効性評価による
取組みのレビューと課題抽出
Action:次年度の監査計画に反映

         

◆ 監査役会実効性評価における事務局の役割に ついて教えてください。

池田:事務局が担う業務は、実効性評価の内容面から手続きまで全般に渡ります。そのため、事務局として一定のリソースやスケジュール等を事前に確認・確保しておくことをお勧めします。

内容面の設計について、事務局は監査役会を俯瞰できる立場にあります。その視点を意識して、評価項目の検討、アンケート素案の設計を行いました。 加えて、インタビューのアレンジを含めたスケジューリング、評価結果のまとめ、監査役会への報告、外部アドバイザーとのコミュニケーション、さらには開示内容案の作成等を事務局が担っています。

        

◆ 監査役会実効性評価を実施した結果、どのような効果があったと感じますか。

池田:監査役会や監査機能の改善につながることを実感しています。「評価したら、それでオシマイ」ではありません。例えば、監査役会実効性評価がきっかけとなり、監査役会ハンドブックや有事対応ガイドラインの策定につながりました。

このように、目に見える成果が出ることが重要です。改善内容を可視化することで、更なる実効性を追求していこうというモメンタムが監査役会や事務局内に生まれるからです。

やっていること自体は複雑なものではないのですが、大上段のあるべき姿の明確化はもちろん、課題や解決策について協議する機会が増えました。

監査役会実効性評価の場が、こういった課題や解決策について討議し、異なる意見をぶつけ合い、共通認識に持っていき、解決策と行動まで導く良い機会になっています。この行動の積み重ねを振り返って見ても、究極的な目標である実効性の向上を一歩ずつ実現できていることを感じます。

          

◆ 新たに監査役会実効性評価の実施を検討して いる企業に対してアドバイスはありますか。

池田:私は監査役会実効性評価の効果を目の当たりにしていますから、悩んでいるのであれば、まずは試してみてもらいたいと思います。

結局のところ、それぞれの監査役会として「あるべき姿」を定め、実現に向けた継続的なPDCAを回すことにほかなりません。

たしかに、評価という言葉は仰々しく聞こえるかもしれません。しかし、過度に重いものとして考えたり、慎重になりすぎるべきではありません。

自社の状況に応じて、できる範囲で、試行的にやってみることをお勧めします。基本的な項目、例えば、監査役会の運営状況等)の評価からスタートして、徐々にステップアップしていく方法が良いでしょう。

この際、できるだけ、具体的な評価ができるように評価項目の内容を設定することが重要です。なぜなら、評価内容の具体化により、成果としての改善内容も、より具体的になるからです。いったん成果がでたら、先に述べたようなモメンタムにつながり、継続的な取組みになっていくでしょう。 当社の監査役会実効性評価であれば、公式サイト上で開示しています。検討するにあたって、少なからず、参考になると思います。

       

◆ 監査役ハンドブック等、監査役制度の啓発活動の概要について教えてください。

池田:監査役ハンドブックは、被監査部門はじめ監査役監査の関係者に向け、監査役制度の理解を促すために制度主旨、監査役の機能・役割等の基本的なことを中心に、できるだけ分かりやすくまとめたものになります。

監査役制度の啓発活動を始めるに至ったきっかけがあります。これまで、監査役会や事務局として、強く感じることが1つありました。

それは、監査役会や事務局が如何にクオリティを高めたとしても、被監査部門や関係者が監査役制度を正しく理解していること、これこそが、真に実効的な監査機能に不可欠な要素であることを痛感しました。

監査役の役割や機能が十分に理解されない限り、監査役会や監査役個々人がどれだけ頑張ったところで、本質的な実効性は向上しようがありません。

例えば、レポーティングラインをとってみても、監査役制度を理解することなくして、本来の機能を果たすことにはなりません。

近時の日本の不正・不祥事の事例を見ても、経営者による「内部統制の無効化」に起因する事例が複数見受けられます。こうした不正・不祥事を未然に防ぐために、監査役会等の監査制度に対する理解が重要です。

また、不正・不祥事の端緒やリスク要素に直面することがあっても、通常のレポーティングラインでの報告はされますが、監査役にも同時に伝えるという仕組み作りが必要だと思います。

一般的には、監査役制度は、なかなか理解されにくいと聞いています。監査に馴染みの無い人からすれば、分かりづらい制度であることは否めません。会社法や関連法令を読み、監査機能とは何たるかを理解している方がむしろ稀でしょうから。

当社は監査役制度が比較的理解されている方だとは思いますが、リスクの多様化・複雑化もある中、グループ全体の監査機能を高めていく、そのため監査役制度にかかる理解の醸成がプライオリティが高いテーマになりました。ハンドブックはその取組みの1つです。

           

◆ 監査役会制度に対する理解が不十分な点は 根深い問題のように感じます。

池田:難しい、という声が分からないわけではありません。実際に複雑ですから。しかし、監査役がなぜ置かれているのか、その機能や役割を理解することは、コーポレートガバナンスの実効性を高めるために必要不可欠です。

幸いなことに、当社の場合は、経営トップや取締役はじめ、業務執行側の監査役制度に対する理解度は高いと思います。

一般的にいえば、監査に対する価値観から問題がある企業が多いのではないでしょうか。それこそ、監査をコストとして捉えるか、または健全な経営を支えるアシュアランスとして捉えるのか、このいずれであるかによって、会社の監査環境も大きく変わります。

その分岐点として、監査への理解を育む人材育成が行われているか否かによります。当然ですが、監査に対する理解がなければ、監査役人材の育成にはつながりえません。

 

◆ 監査役人材の長期的な育成は、日本企業全体 にあてはまる課題です。

池田:現状、監査役を目指すキャリアパスが一般的に確立しておらず、それゆえ、監査役を意識して研鑽する人材が日本企業では育まれません。

社外監査役の人材は、弁護士や公認会計士、会社経営者といった高い専門性を持つ人材が選ばれています。

一方、社内人材は、将来監査役を目指していく感覚は持ちにくい環境です。管理系のキャリアを経験しないまま監査役に就任するケースもありますので、監査役就任後のトレーニングが必要になります。

参考として海外の内部監査を見ると、内部統制や内部監査に対する理解が確立しています。その専門人材に対して明確なキャリアパスがあり、個人が明確に意識してステップアップを図っています。

会社側が育てる環境や機会も与え、同時に自発的な自己研鑽が個人によってなされるのです。同様に、日本企業の監査役人材も、キャリアパスを支える環境と価値観が合わせて実現されることが必要です。

かつて、一般的には、監査役は「上がりポスト」と言われたこともあります。過去に比べれば、監査役会等の監査機関に対する認識と理解は進んできたと感じます。しかし、今後も監査機関の実効性を高めていくため、ステークホルダーの理解を深めていく必要があります。

 

池田さんのカルピス社監査役としての経験は、人材育成の面でどのよう生きていますか。

池田:なにより、監査役の気持ちが分かる点、これは自分が提供できる価値であると考えています。監査役としての痒いところや難しさも含め、自分も既に経験していますから、グループ内の事業会社の監査役を後押しできると考えています。実際、これまで様々な取組みを実施してきました。

先ほど触れた監査役監査ガイドラインについても、監査役として業務の説明、必要なスキルや留意事項等について、私の監査役経験も踏まえつつ、具体的にまとめたものになります。監査役に就いた直後から、少しでもスムーズに監査役として十分な機能を発揮してもらえることを期待しています。

また、国内海外の不正・不祥事はケーススタディと捉えれば、監査役に必要な感度や能力を高めるうえでのきわめて有益な示唆やヒントに富んでいます。そのため、参考とすべきケースについて、ホールディングスの監査役会事務局から、都度、情報発信を行っています。ケースごとのエッセンスは何か、そこから監査役として学ぶべきことは何か等を整理してメールで配信しています。

 

◆ 親会社監査役会による子会社監査役に対するサポートという意味でも興味深い取組みです。

池田:子会社の監査役会・監査役の実効性をあげることは全社的な監査機能を高めるうえで重要です。

特に当社のような持株会社の場合、何か問題が起こるとなると事業を持つ事業会社で発生する可能性が高い構造です。不正・不祥事の端緒を発見した場合は、国内においては、各グループ会社の常勤監査役との連携が重要になります。

そのため、このような事業会社のリスクを如何に把握して問題化を防ぐ土壌づくり、その一環としてのグループ会社監査役の育成やサポートは、ホールディングス監査役会側が担う重要な役割の1つとなります。

 

◆ 監査役に求められる重要なクオリティーは何とお考えですか。

池田:会計や法務はじめ専門知識やスキルが重要である点は確かですが、一番重要な性質としては、端緒に対して、何かおかしい、と見極める感度です。

仮に専門知識やスキルを持っていても、何かおかしな事象があったとして、適切な感度なくしては、この端緒を看過したり、過小評価してしまいます。

基本的に、監査役につく人材はえてして真面目で勉強熱心です。学ぶ機会や方法論を提供すれば、真摯にキャッチアップする努力は惜しみません。

とはいえ、この監査役としての「感度」というクオリティーについては、勉強して学ぶより、経験や場数を踏まなければ、身につかないものです。監査役としては、地道に時間もかけて、徐々に感度を高めていく意識と姿勢が不可欠です。

    

◆ 監査役や監査役会事務局として培われてきた 経験や知見を、多くの日本企業が求めている ように感じます。

池田:幸いなことに、私はこれまでのキャリアで監査役と監査役会事務局、これらの双方を経験することができました。聞くところによると、私と似たバックグラウンドを持つ人材は稀とのことです。

私が培ってきた経験を提供することで、これまで監査機能の向上や人材育成において、少なからず貢献できたと思っています。

今後も、これまでの経験を生かし、当社のみならず、より幅広い日本企業に対して監査機能の実効性向上を支えていきたいと思います。

 

◆ 本日はありがとうございました。

インタビュー概要

話し手池田智 氏
アサヒグループ ホールディングス株式会社 監査役会付 顧問
   
聞き手   合同会社 御園総合アドバイザリー、弁護士法人 御園総合法律事務所
 武田 智行 (t-takeda@misonosogo-advisory.jp)
 河合 巧 (t-kawai@misonosogo-advisory.jp)
   
取材日   2020年7月
取材場所   BIRTH LAB(麻布十番髙木ビル1階)にて
    
取材協力   BIRTH、株式会社 髙木ビル
   
お問い合わせ   本件に関するご意見やご質問については、御園総合アドバイザリー公式サイト 「お問い合わせ」より、ご連絡ください(https://misonosogo-advisory.jp/)